• choord

日本の歴史をよみなおす part1

とあるきっかけがあり、改めて網野善彦氏「日本の歴史をよみなおす」を再読。 10年以上前に読んだ時には気付かなかった重要な気付きを得ました。 それは日本のお金の起源です。 この本では14世紀前後に日本社会が大きな変容があったとしている。 それは氏の指摘の通り、中国からの宋銭などが大量に輸入されたことが関係している。 ここで振り返っておきたいことがあります。 それは日本で貨幣が流通する前までに使用されていた通貨とは何かです。 それは木簡だったと思われるということです。 メソポタミア文明では楔形文字が彫り込まれた粘土板に当たるものです。 お金の定義とは「譲渡可能な信用」です。 つまりお金とは取引の記録だということです。 多くの人々が暗黙の内に想定しているゴールドや小判がお金では無いということです。 取引を記しておける書類のようなものがあればお金としての役割は事足ります。 なぜか? 取引の多くには時間差があるからです。 相対にしろ市場にしろその時に自分が欲しいものがあるとは限らず、

物々交換が成立することの方が少ないはずです。 春夏に取れるイチゴと秋に取れるサンマを同時に交換することができるでしょうか? 不可能です。 ではどのように取引したか? それは借用書をつくるのです。債務と債権をそれぞれ保有するのです。 春にイチゴを渡し債権を保有、相手には債務を渡す。 秋にサンマをもらい債権を破棄、相手も債務を破棄。 これで取引が終了します。 小判は必要ありません。 日本ではそれらは木片と文字つまり木簡で成立していたと思われます。 問題はイチゴ10房とサンマ10尾が同じ価値なのか? そして、誰がどのようにお互いが納得のいく価値を位置付けたのか? それはおそらく当時最大の権力者であった天皇や朝廷だったはずです。 朝廷は租庸調として各地から税金を取っていました。 当時の税金は大方が現物だったはずですが、 様々な収穫物の取れ高に応じた税率が設定されていたと思われます。 ということは、異なる収穫物の価値付けができたはずなので、 それがイチゴとサンマの価値の違いを明確化させていたと思われます。 そして、一般の取引についてはどうか。 取引には文字が必要とされます。 それはおそらく神社や河川などで開かれた市場などで行われていました。 そこでは実際の収穫物の取引も行われていたと思いますが、 それ以上に木簡の発行や交換が行われる場だったのではないかと思われます。 そして、その木簡を生み出す、つまり文字を操ることができる存在とは誰か? それはおそらく天皇などの使いである供御人や

神仏の使いである神人や寄人だったと思われます。 彼が回遊し各地の市場で木簡を生み出し、

取引を成立させていた或いはその元となるやり方を 教えていたのではないかと思われます。 もちろん彼らはその発行に掛かる手数料を取っていたはずです。 当時の朝廷は税金をとると同時に毎年の収穫物の価値付けを行い、 かつ市場での取引をも操作できる立場だったと思われます。 ある意味、通貨発行権を行使していたということです。 彼らの力の源泉だったと思われます。 重要なのはここからです。 この通貨発行権に関わる争いがあったはずなのです。 おそらく南北朝の争いはそれだったのではないかと言ことです。 ヒントになったこの本にも南朝の後醍醐天皇は貨幣や紙幣を発行しようとして動いていたと記載があります。 冒頭に記載した中国から宋銭が大量に入ってきたことで、 当時のお金としての木簡から貨幣に移行する流れへの対抗策として、 後醍醐天皇が自ら貨幣を生み出そうとしたと考えられるからです。 では、宋銭を輸入していた存在とは一体誰だったのかが問われてきます。 次回ブログへ続く…


多くの方々はお金をゴールドだと思っています。 しかし、実態はお金=「情報」なのです。 情報である以上、信用があれば誰もが生み出すことができるもののはずであり、 使い方次第で世の中を良い方向へも悪い方向へも変えてしまう力を持っています。 短期的な利益のためよりも長期的な利益 つまり後世に残すべき社会をいかに構築するかが現代を生きる私たちの務めです。 そのためには情報を上手に使うべきです。 情報の使い方ひとつで 100年後の環境を改善する手助けを行うことができる仕組みがあります。 それが弊社の「オルタナティブ無垢フローリング」です。 是非、ご購入ご検討ください。



2回の閲覧
  • Houzz社会のアイコン
  • Facebookの社会的なアイコン
  • Twitterの社会のアイコン
  • Pinterest - White Circle
  • Instagram - White Circle

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです。